pp―the piano players―

 黒い髪。以前より伸ばして脇に流している。眉は変わらずつり上がっていて、その下の両目は真っ直ぐわたしを見下ろしている。輪郭が少し丸みを帯びた。
 低い、深い声で、わたしの名を呼んだ。

 圭太郎君。
 腕を伸ばし、その名を呼びながら、その胸に飛び込みたい。そんな衝動を覚えて、同時にわたしはどきりとする。体の中からもう一人のわたしが飛び出しそうになるのを、別のわたしがぐっと抑えていた。

 何か、言わないと。
 頭ではそう思うのに、身体はその二人のわたしのせめぎ合いで、何を言ったらいいのかまで処理が追いついていない。足がすくんで動かない。

 ふっと、圭太郎君が息を吐いた。口角が上がり、眉は少し下がる。
「先生に会ってきた。ピアニストなら弾くしかないって怒られてきた。入院中で辛いことはピアノを弾けないことだって言われてきた。だから、弾きに来た。そしたら、灯りが点いていて、家の中にお前がいた」
 歯が見えて、ああ、圭太郎君の笑顔だ。
「びっくりした」

 気持ちのせめぎ合いなんて全部無視したように、目頭が熱くなる。
「ただいま」
 その言葉に応えてくれる人がいることがどれだけ嬉しいかを、圭太郎君もわたしも知っている。ここは、わたしたちが育った先生の家だ。何度もそうしてきたように、今もそれを口にする。

「おかえり、圭太郎君」
 圭太郎君が小さく頷いた。わたしの目から涙を押し出すには、それで充分だった。