pp―the piano players―

 後にも先にも、先生のあんな表情を見たのはそれきりだ。

 それから先生は、大切な一台のピアノを手放すことを決め、そして加瀬さんという、先生を支えてくれる人の手を取った。そしてその後、あの人は先生のもとを訪れていない。
 加瀬さんが録音した『月光』を、あの人の息子である宮間さんが聴き、絵美子ちゃんのピアノの「先生」に先生を選んだ。その送迎を、あの人がするようになるまでは。

「兄さんのやり方が嫌いだったわ。美鈴を育てるために、誰に相談もしないで……お金のことだけではないわ。美鈴のことは、私だって生まれたときから可愛がってきたし、義姉さんが亡くなってからも、やもめ暮らしの兄さんのことを手伝いたかったのに、まるで美鈴を独り占めするように、私や、親戚から距離を取った」

 あの人の横顔を見る。
 初めて見るように、まじまじと見る。

「やっと兄を助けてやれたと思ったのは、兄が最期の入院をしてからよ。入院中の世話、兄の家の手入れ、財産のこと、葬儀やお墓のこと」