pp―the piano players―

「絵美子が、あなたにとてもなついたわね。美鈴とのレッスンを終えた後は、美鈴かあなたの話ばかりするわ。早紀ちゃん早紀ちゃんって」
 声色は穏やかだ。わたしはあの人と同じ長椅子に、一人分空けて座っている。
「『先生は早紀ちゃんのことをとても褒めていた』ってね」
 それは、単純に嬉しい。
「そして、ときどき言うのよ。『先生は早紀ちゃんのお母さんなの?』」

 無機質な床をじっと見る。先生の家で暮らすようになってから、わたしと圭太郎君の「保護者」は「白峰美鈴」で、学校の友人には、「白峰美鈴」はわたしの母方のいとこであり、進路面談に来る男の人は「白峰美鈴」の配偶者の「加瀬陽介」であると話してきた(そういうとき、加瀬さんはわたしの面談に来てくれて、先生は圭太郎君の方に行っていた)。学校や教師が、何をどこまで知っているかは定かではないけれど、わたしと先生に血のつながりがないことは承知していただろう。いま、わたし自身が訳あって肉親と暮らしていない子どもたちの、姉であったり、叔母であったりして、学校に行くこともある。

「絵美ちゃんに、なんと答えるんですか」
「どう答えたらいいか迷っているうちに、嫁や息子が別の話を始めてくれたり、絵美子自身が聞いてはいけないのかと察したり」
「……でも、絵美ちゃんは納得していないでしょうね。頭のいい子だから」
 あの人は、そうよ、とため息混じりに呟いた。