あの、月光を弾いた夜を思い出す。
 わたしはただがむしゃらで、先生ははるか高みから、圭太郎君は悠然と、三人で月光を弾いた夜。

 バラを摘みとる。このバラだって、あのとき先生が加瀬さんから贈られたバラを増やしたものだ。先生には加瀬さんがいる。先生を助けると言ったあの時の約束を、加瀬さんはきっと守る。

 圭太郎君は先生に会って、どんな話をしたのだろう。
 あの頃、圭太郎君は帰ってくるとそのまま三階のフルコンの部屋に閉じこもった。朝起きて弾き、先生が作った朝食を食べて、バスに乗って中学、高校へ通っていた。わたしの通っていた学校と、授業自体は同じくらいの時刻で終わるだろうに、帰ってくるのは圭太郎君の方が遅いことが多かった。わたしは先生と夕飯を作り、先生にピアノを教わり、そうしているうちに圭太郎君が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり、圭太郎君」
 温かいうちにご飯を食べたかったけれど、圭太郎君を追うように先生は三階へ上がり、ドアを開ける一瞬だけ圭太郎君の音が漏れて、そしてまた消えた。再びあのドアが開くときを待ちながら、わたしは勉強をしていた。