白峰美鈴の病室に、バラが香る。
 そこに圭太郎の姿はなかった。白峰美鈴は、黙って楽譜を見ている。

「圭太郎は、どこですか」
 尋ねると、視線が上がった。はじめ、なぜそんなことを聞くのかという顔をしていたが、それから白峰美鈴ははっと息を飲んだ。

「どこですか」
 細く開けた窓から、夜風が入る。それがバラの香りを運んでいるのだ。


 ロビーは既に片付けられていて、人はまばらだ。隅で院長と思しき人物がドゥメールに頭を下げていた。ドゥメールは笑顔でそれに応える。
 白峰美鈴とドゥメールが画策したのか、それとも圭太郎の独断なのか。
「どうしたの、ナオ、そんなに慌てて」
 ニーナに声を掛けられて、はっと我に返る。
「圭太郎がいない。もう、病院を出ているらしい」
「どこへ」
 どこって、決まっている。
 早紀だ。