「先生、気分はどうですか」
先生に尋ねると、先生は優しく笑う。先生のお腹の中で、先生に苦痛を与えていた病巣は、先生から取り除かれている。もう少し発見が遅れたら、先生は、先生の両親と同じ病で命を落とすところだったんだよ。手術を終えた夜、そう加瀬さんは言っていた。
先生はバラに腕を伸ばして、一輪手に取った。茎を伝って水滴が垂れたが、とても美しいなとわたしは思う。先生はその香りを吸い込んだ。
「先生、」
何と言って話し始めるべきか、ずっと迷っていた。でも、言葉が整わなくても、伝えたかった。
「圭太郎君に先生のこと話しました」
先生は目を見開いて私を見つめた。
「本当は酒井君に知らせるつもりだったんです。酒井くんは圭太郎君と一緒にいました。仕事だってドイツに行って、それは圭太郎君に関わる仕事だったんですね。教えてくれても良かったのに」
まったく、言葉が整わない。色んな思いがないまぜになっている。先生に嘘はつきたくない。でも思いは何層にも重なって、どれが本物なのか既に分からなくなっている。それはよく分かっている、けれど。



