酒井君は、わたしの話を静かに聴いてくれた。それはまだ先生にも、圭太郎君にも出会っていない頃の出来事だった。
「早紀」
酒井君の腕がわたしを包む。肩に預けられた酒井君の頭の重みが心地よい。酒井君のジャケットとネクタイが掛かったハンガーが目に入った。
「話してくれてありがとう」
テレビでは各地の被害、とくに津波の様子を繰り返し放送している。もう夜だ。静かで、暗く、三月の夜だ。津波に襲われた地域の人を想うよりも、自分の過去を誰かに伝える方がよほど気が楽だった。酒井君はテレビを消した。CDプレーヤーに先生のCDをセットし、小さなボリュームで流す。
「生きていてくれて、ありがとう」
いいかな、という酒井君の囁きに、わたしはこくんと頷いた。酒井君は初めて、わたしの部屋で一夜を過ごした。温かい夜だった。
翌朝、酒井君が動く気配で目を覚ました。うっすらと空が明るい。
「おはよう」
「早起きだね」
「酒井君だっ」て、と言いかけたわたしの口は、酒井君によって塞がれた。静かな電流のようなものが甘く、そして瞬時に身体を巡る。
「勇気をもらった」
昨日と同じ服装で、酒井君は玄関に立っている。
「早紀はいつも、僕に勇気をくれる」
手に、わたしが貸した自転車の鍵を持って。自転車で家に帰り、それから近県の津波被災地に行って片付けを手伝うという。
「できることはわずかだけど、何もしないのはいやなんだ。四月まで体は空いている訳だし、割と丈夫だからね」
「酒井君」
ああ、いつもの酒井君だ。
「わたしも一緒に行っていいかな。何か力になりたい」
酒井君は破顔して、わたしに腕を伸ばした。
「早紀」
酒井君の腕がわたしを包む。肩に預けられた酒井君の頭の重みが心地よい。酒井君のジャケットとネクタイが掛かったハンガーが目に入った。
「話してくれてありがとう」
テレビでは各地の被害、とくに津波の様子を繰り返し放送している。もう夜だ。静かで、暗く、三月の夜だ。津波に襲われた地域の人を想うよりも、自分の過去を誰かに伝える方がよほど気が楽だった。酒井君はテレビを消した。CDプレーヤーに先生のCDをセットし、小さなボリュームで流す。
「生きていてくれて、ありがとう」
いいかな、という酒井君の囁きに、わたしはこくんと頷いた。酒井君は初めて、わたしの部屋で一夜を過ごした。温かい夜だった。
翌朝、酒井君が動く気配で目を覚ました。うっすらと空が明るい。
「おはよう」
「早起きだね」
「酒井君だっ」て、と言いかけたわたしの口は、酒井君によって塞がれた。静かな電流のようなものが甘く、そして瞬時に身体を巡る。
「勇気をもらった」
昨日と同じ服装で、酒井君は玄関に立っている。
「早紀はいつも、僕に勇気をくれる」
手に、わたしが貸した自転車の鍵を持って。自転車で家に帰り、それから近県の津波被災地に行って片付けを手伝うという。
「できることはわずかだけど、何もしないのはいやなんだ。四月まで体は空いている訳だし、割と丈夫だからね」
「酒井君」
ああ、いつもの酒井君だ。
「わたしも一緒に行っていいかな。何か力になりたい」
酒井君は破顔して、わたしに腕を伸ばした。



