古びた門に真新しい表札が掲げられた。白峰ピアノ教室。生徒の募集、楽譜やピアノの販売、調律、うちの店が全面的に関わることになった。
白峰家にどっしりと構えていたスタインウェイは、愛好する資産家の夫人が買い取った。三階からピアノを運び出すのにはちょっと手がかかり、スタインウェイの部屋の窓ガラスが外され、外からクレーンを使った。丹念に防護してあるが、夏の日差しと湿気が容赦なくピアノを襲う。この老いたピアノは、一度ドイツはハンブルクへ帰り、オーバーホール、つまり消耗品をすべて交換して、丹念な調整を受けることになる。俺もこのピアノと一緒に渡独し、作業に加わりたかったが、買い手のご夫人が贔屓にしている業者があるとかで、俺はこれ以上このスタインウェイに関われない。
「これで一歩前進」
作業が全て終わり、あとは明日からのレッスンが始まるのを待つばかり、という夜。
今までのお礼をさせてほしい、と白峰美鈴に夕食に招かれた。料理はとても美味かったが、食後のケーキはまた格別だった。甘すぎないカスタードクリームにアプリコットのコンポートの酸味がよく合う。
ずず、と隣から茶を啜る音が聞こえる。ほうじ茶、夏だというのに湯気を立てる茶碗を圭太郎は手にしている。八等分された残りの四つのケーキをじっと見ている。
「先生、もう一個食べても良いですか」
たまりかねて問うが、白峰美鈴はにっこり笑ってケーキの皿を取り上げた。明日の分にしましょう、と冷蔵庫に仕舞ってしまう。圭太郎は口を尖らせたが、
「はい」
と思いの外素直に応じ、湯のみと、自分が使った器を流し台へ運んだ。流水音がして、しばらくしてからこちらに戻ってくる。食卓を通り越して、応接間のソファーに座った。
白峰家にどっしりと構えていたスタインウェイは、愛好する資産家の夫人が買い取った。三階からピアノを運び出すのにはちょっと手がかかり、スタインウェイの部屋の窓ガラスが外され、外からクレーンを使った。丹念に防護してあるが、夏の日差しと湿気が容赦なくピアノを襲う。この老いたピアノは、一度ドイツはハンブルクへ帰り、オーバーホール、つまり消耗品をすべて交換して、丹念な調整を受けることになる。俺もこのピアノと一緒に渡独し、作業に加わりたかったが、買い手のご夫人が贔屓にしている業者があるとかで、俺はこれ以上このスタインウェイに関われない。
「これで一歩前進」
作業が全て終わり、あとは明日からのレッスンが始まるのを待つばかり、という夜。
今までのお礼をさせてほしい、と白峰美鈴に夕食に招かれた。料理はとても美味かったが、食後のケーキはまた格別だった。甘すぎないカスタードクリームにアプリコットのコンポートの酸味がよく合う。
ずず、と隣から茶を啜る音が聞こえる。ほうじ茶、夏だというのに湯気を立てる茶碗を圭太郎は手にしている。八等分された残りの四つのケーキをじっと見ている。
「先生、もう一個食べても良いですか」
たまりかねて問うが、白峰美鈴はにっこり笑ってケーキの皿を取り上げた。明日の分にしましょう、と冷蔵庫に仕舞ってしまう。圭太郎は口を尖らせたが、
「はい」
と思いの外素直に応じ、湯のみと、自分が使った器を流し台へ運んだ。流水音がして、しばらくしてからこちらに戻ってくる。食卓を通り越して、応接間のソファーに座った。



