pp―the piano players―

 そう。金を受け取らないという約束だったのに、彼女は代金を用意していた。恩を着せるとか、そういうことをきらったのだろう。ついその気になって、「受け取りにまた伺う」なんて残して出てきてしまった。さて、どうするか。

 それから二週間、動けなかった。
 どう動いたらいいのかわからないまま、他の仕事にかまけて白峰家からは足が遠のいていたのだ。

 だからその電話は、あまりにも意外な申し出だったのだ。

「スタインウェイを売りたい」
 危うく左手から受話器を落とし、右手のボールペンを折りそうになる。
「あの、スタインウェイを?」
「ええ。今、父が仕事で関わっていた人たちにも連絡をしているのだけれど、入札にかけるから少しでも良い状態に……」

 待てよ、白峰美鈴。
 明るい部屋でどっしりと構えていた、あのスタインウェイを手放すのか。
 白峰美鈴を育てたピアノを。

 そんなことを、どうしてそんな声で話すんだ。
 そんな、明るい声で。

「これから、そちらに伺います。30分後です」
 自分のスケジュールを横目で見る。調律の仕事はない。俺が抜けても誰かの仕事が増えるだけだ。
「別に今日でなくても構わないのに」
「違う」

 店長がそっと近づいて来る。どうした、と書かれたメモを差し出された。そこに、大丈夫です、と書き加える。店長は、大丈夫じゃないから心配しているんだ、と小声で呟いている。