pp―the piano players―

 その日のうちに、矢治さんを訪ねた。もちろん一人だ。
 二年ぶりに会った矢治さんは、年齢と、大病を患った後ということもあり、ひと頃よりずいぶん痩せてしまった。それでも矍鑠(かくしゃく)として、相変わらず仕立ての良いシャツを着ていたので安心した。
 急な来訪にも関わらず、矢治さんは喜んで迎えてくれて、夕食に同伴することとなった。奥さんが、矢治さんの体調を考えて手の込んだ料理を作ってくれている。これがなかなか美味いのだ、と矢治さんは歯を見せて笑った。

「そうか、白峰さんのところに行ったか」
 酒飲みだったのに、矢治さんの手元にあるのはウーロン茶だ。晩酌はやめたそうだ。
「はい」
 あの素晴らしいピアノのことを話し、いくつか矢治さんにききたいこともあった。が、矢治さんの目はピアノではない別のことを考えている。

「娘が帰ってきたってことか。あの家にはだれが住んでいるんだ?」
「その、娘だけですよ。たぶん」
 彼女にしか会っていない。死んだ父親以外の家族なんて考えもしなかった。

「美鈴ちゃんもなあ……父親譲りの意固地なところがあるからなあ」
「どういうことですか」
 矢治さんは、孫をおもう祖父のような目をする。スタインウェイを思わせた。ウーロン茶の中の氷が解けて、からんと音を立てる。