pp―the piano players―

「矢治さんのお見舞いに」
 今日はアイスティーとブルーベリーのムース。ムースは口の中ですうっと溶けて消える。今日の気候に嬉しい。

「どうですか、一緒に」
 白峰美鈴──何と数年前までは国内屈指の実力者と言われたピアニストだ──は、答えずに目を伏せる。切れ長の目に、長い睫毛が細かな影を落とした。そして、ゆっくりと首を横に振った。

 激し、怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。
 返事は諾であろうと踏んで誘った。でも拒まれた。
 電話では、矢治さんのことを心配している様子だったじゃないか。

 言いたいことはいくつか頭に浮かんだ。聞きたいことも。
 何を、そんなに意地になっているのだ。

 空いた食器を細く白い腕が片付けていく。印象的な長い指。
 その指は、鍵盤の上で舞うために存在するのに。

 睨みつけていたらしい。視線に気づいた白峰美鈴が、眉を不快に下げた。
「代金を用意します」
 そう言って去っていく。悔しいので、彼女が戻らないうちに俺も去ることにした。

 後日、料金を頂戴しに伺います。加瀬

 書置きを残し、荷物を手に取る。この古い家の玄関のドアを開けるのにはコツがいるが、すでにそのコツは掴んでいる。洋館を後にした。庭では、アジサイが花をつけている。