ステージに、爺さんが入ってきた。
ホールのスタッフでも、学校の関係者でもない。センターにびしっとプレスが入った、深いグレーのスラックスに、真っ黒なワイシャツ。靴は遠目にもよく手入れされてあるのがわかる。白髪は整髪料で撫でつけてあって、かっこいい。格好いい爺さんだった。
爺さんは何やら、ピアノに近づき、鍵盤の蓋に手をかけ、取り外した。ピアノを調律するんだ、爺さんは調律師なんだとわかった。
「あの」
爺さんに声をかける。爺さんはこちらを見下ろした。俺はステージの真下にいて、爺さんを見上げる。
「近くで見ても良いですか」
爺さんは何も言わず、口の端を上げて頷いた。黒いワイシャツの左胸で、矢治という名札がステージライトを受けて光った。
ピアノの中は木とフェルト、そして金属が織り成す、不思議な、美しい世界だった。まじまじと調律を見るのは初めてで、すっかり見入ってしまう。そんな高校生をよそに、爺さん--矢治さんは手際良く作業を進める。
Steinwayの金文字を「ステインウェイ」と読んだ俺の声に、重なるように「スタインウェイ」と訂正が入る。
「ハンブルクのピアノさ」
矢治さんは軽快な口調で答えた。
「ヤマハとどう違うんですか」
「弾いてみりゃ解る。まあ、ピアノだってことに違いはないが」
ホールのスタッフでも、学校の関係者でもない。センターにびしっとプレスが入った、深いグレーのスラックスに、真っ黒なワイシャツ。靴は遠目にもよく手入れされてあるのがわかる。白髪は整髪料で撫でつけてあって、かっこいい。格好いい爺さんだった。
爺さんは何やら、ピアノに近づき、鍵盤の蓋に手をかけ、取り外した。ピアノを調律するんだ、爺さんは調律師なんだとわかった。
「あの」
爺さんに声をかける。爺さんはこちらを見下ろした。俺はステージの真下にいて、爺さんを見上げる。
「近くで見ても良いですか」
爺さんは何も言わず、口の端を上げて頷いた。黒いワイシャツの左胸で、矢治という名札がステージライトを受けて光った。
ピアノの中は木とフェルト、そして金属が織り成す、不思議な、美しい世界だった。まじまじと調律を見るのは初めてで、すっかり見入ってしまう。そんな高校生をよそに、爺さん--矢治さんは手際良く作業を進める。
Steinwayの金文字を「ステインウェイ」と読んだ俺の声に、重なるように「スタインウェイ」と訂正が入る。
「ハンブルクのピアノさ」
矢治さんは軽快な口調で答えた。
「ヤマハとどう違うんですか」
「弾いてみりゃ解る。まあ、ピアノだってことに違いはないが」



