古いスタインウェイは、孫を自慢する無口な老人のような佇まいを見せる。あなたが、あの美しいピアニストを育て、勝たせてきたのでしょう?
もちろん、その問いの答えはない。
蓋を開ける。
金属製の留め金を一つ一つ取り外し、ピアノはその内臓をさらけ出す。
ピアノの調律師になろうと思ったのは、高校生のときだった。公立の男子校で、芸術で音楽を取った。合唱部は県大会の上位常連で、毎年、冬の初めに定期演奏会を開いていた。
伴奏をするはずだった井田という奴が、俳優のオーディションを受けるか何かで演奏会をキャンセルするという。代役を探していると、同じ中学の後輩だった部員が俺のことを合唱部顧問の音楽教師に進言したのだ。先生と、その後輩をはじめ、主だった部員に頭を下げられては断るにも断れない。
部員でもない俺がピアノを弾くことになるとは思わなかった。ピアノなんて母親の趣味で弾かされていたもので、高校に入学するのと同時に弾くのを止めていた。
渡された楽譜はさして難しくはなかった。家の国産アップライトで練習を重ねる。母親は嬉しそうに、カレンダーに○印をつけていた。
高校の印刷機で刷り上げたチラシに自分の名前が載っていた。もう一人、ピアニストで名前が載っているので部員の友人に尋ねると、顧問の友人のピアニストだという。
「加瀬に頼んだのは、このステージの分だよ。最初はアカペラ、伴奏なし。次が加瀬のピアノ付き。最後のステージは、井田もあまり弾けてなかったからさ。お前に代わっただろ? 先生が知り合いに頼んだんだって」
もちろん、その問いの答えはない。
蓋を開ける。
金属製の留め金を一つ一つ取り外し、ピアノはその内臓をさらけ出す。
ピアノの調律師になろうと思ったのは、高校生のときだった。公立の男子校で、芸術で音楽を取った。合唱部は県大会の上位常連で、毎年、冬の初めに定期演奏会を開いていた。
伴奏をするはずだった井田という奴が、俳優のオーディションを受けるか何かで演奏会をキャンセルするという。代役を探していると、同じ中学の後輩だった部員が俺のことを合唱部顧問の音楽教師に進言したのだ。先生と、その後輩をはじめ、主だった部員に頭を下げられては断るにも断れない。
部員でもない俺がピアノを弾くことになるとは思わなかった。ピアノなんて母親の趣味で弾かされていたもので、高校に入学するのと同時に弾くのを止めていた。
渡された楽譜はさして難しくはなかった。家の国産アップライトで練習を重ねる。母親は嬉しそうに、カレンダーに○印をつけていた。
高校の印刷機で刷り上げたチラシに自分の名前が載っていた。もう一人、ピアニストで名前が載っているので部員の友人に尋ねると、顧問の友人のピアニストだという。
「加瀬に頼んだのは、このステージの分だよ。最初はアカペラ、伴奏なし。次が加瀬のピアノ付き。最後のステージは、井田もあまり弾けてなかったからさ。お前に代わっただろ? 先生が知り合いに頼んだんだって」



