嬰ハ短調の陰鬱な和音が空気の中に散っていった。天窓から差す月光は、先生の体と漆黒のピアノを照らしている。余韻さえ消えて小さなステージを静寂が満たしても、先生はまだ鍵盤から指を離さなかった。

 やがて誰かが手を叩いた。

 たった一人の拍手が鳴り響く。拍手をすることをすっかり忘れていたわたしは、慌てて手を胸の前に持って来たけれど、両の手を打ち合わせる前に圭太郎君がわたしの腕を掴んだ。手は見事に空振り。

 わたしは圭太郎君の顔を見た。圭太郎君は首を横に振って、目線でわたしに見るべきものを示す。