――ピアノは弾きたい。けれど聞く人がいない。だから弾かない。意味がない。
「父がこのベーゼンドルファーを買いつけたとき、工房の職人が話してくれたそうよ。全く同じ素材で先に作ったピアノがある、と。日本人が買っていった、と。父はその不思議な縁を頼りに、日本でこの兄弟を探した。そして、持ち主である母と出会った。このベーゼンは、運命のピアノ」
彼女は肩で大きく息をした。手の甲に、水滴が落ちた。
「ごめんなさい、勝手に喋って。それに、みっともない姿を」
「いえ」
「今日はスタインウェイを見てくれるんでしょう? 私は嬉しい。ピアノが調律されていくと、私の一部が戻ってきたような気持ちになる」
意外な言葉だった。
だけど、俺が欲しかった言葉だった。
会釈を残して部屋を出る。三階へ上がり、一番奥の部屋を開けた。そこには古い、大きなグランドピアノが待っていた。スタインウェイ。
「父がこのベーゼンドルファーを買いつけたとき、工房の職人が話してくれたそうよ。全く同じ素材で先に作ったピアノがある、と。日本人が買っていった、と。父はその不思議な縁を頼りに、日本でこの兄弟を探した。そして、持ち主である母と出会った。このベーゼンは、運命のピアノ」
彼女は肩で大きく息をした。手の甲に、水滴が落ちた。
「ごめんなさい、勝手に喋って。それに、みっともない姿を」
「いえ」
「今日はスタインウェイを見てくれるんでしょう? 私は嬉しい。ピアノが調律されていくと、私の一部が戻ってきたような気持ちになる」
意外な言葉だった。
だけど、俺が欲しかった言葉だった。
会釈を残して部屋を出る。三階へ上がり、一番奥の部屋を開けた。そこには古い、大きなグランドピアノが待っていた。スタインウェイ。



