そして、一か月は瞬く間に過ぎた。他の仕事をしながらも、白峰家のピアノが気にかかった。
およそ五年間、調律をしていないピアノ。最上の具材を用い、こだわり抜いた器に盛り付けたラーメンが、食べる人がなくて伸びてしまった。そんな状態のはずだ。
いよいよ、そのピアノに対面する。心が、はやる。
門の中は、初夏の陽気のせいか、靴が埋まるほどの丈に伸びた草がだらしない。少し前までは整備されていた、そんな印象の庭だ。
建物正面のドアは重厚。呼び鈴を鳴らすと、ゆっくりとそのドアは動いた。
「はい」
まず、白い腕が目に入った。無駄な肉のない、ピアニストの腕だ。
「調律師の加瀬です。約束通りに……」
顔を上げて、息を飲んだ。亡霊、という単語が頭をよぎった。
そこにいたのは、悲愴な空気を湛えた、線の細い、とても美しい女性だった。



