「……ですので、お嬢様、代金は頂きません。会社としても、加瀬に一日分の給与を払いませんので」
店長の腰は低い。が、目は鋭く前を見ていた。
「どうか、加瀬にお嬢様のピアノを見させて下さいませんか。先ほども申しました通り、腕は立ちます。お願いします、白峰様のお宅のピアノを、矢治は大変気にかけておりました」
はい、はい、と店長は相槌を重ねた。そして、ゆっくりと受話器を下ろした。
「店長、」
声をかけると、店長は長い息を吐いてこちらを向いた。同僚たちはそれぞれの仕事に戻っている。
「加瀬、お前は調律師だな」
「はい」
「まったく、技術職に営業をさせるもんじゃないな」
「すみません」
「来月……六月の最初の土曜日だ。聞いた通り、一切金は払わない。行って来い」
一日分の給料ならどうでも良かった。それよりも、あの六台のピアノを見たかったし、触りたかった。そして、ピアノを弾かないと言ったピアニストに会わないと気が済まない。
店長の腰は低い。が、目は鋭く前を見ていた。
「どうか、加瀬にお嬢様のピアノを見させて下さいませんか。先ほども申しました通り、腕は立ちます。お願いします、白峰様のお宅のピアノを、矢治は大変気にかけておりました」
はい、はい、と店長は相槌を重ねた。そして、ゆっくりと受話器を下ろした。
「店長、」
声をかけると、店長は長い息を吐いてこちらを向いた。同僚たちはそれぞれの仕事に戻っている。
「加瀬、お前は調律師だな」
「はい」
「まったく、技術職に営業をさせるもんじゃないな」
「すみません」
「来月……六月の最初の土曜日だ。聞いた通り、一切金は払わない。行って来い」
一日分の給料ならどうでも良かった。それよりも、あの六台のピアノを見たかったし、触りたかった。そして、ピアノを弾かないと言ったピアニストに会わないと気が済まない。



