「どうぞ」
僕が入るのを促す。中を見るよりもはやく、僕の感覚に飛び込んできたのは、さらさらと風のように、春の雨のように心地よく流れるピアノの音。これは、ショパンっぽいけど。
「やっぱり上手いなあ」
と早紀が呟いた。赤い絨毯の敷き詰められた家の中を、彼女はその音源とは違う方向へ進む。
「梅野、あの曲は」
「ショパンの」
練習曲の一つ、『エオリアンハープ』だ。その風のような旋律の途中で、いきなり曲が変わった。と思ったが、違う、音量が急激に大きくなった。それまで極限に抑え、柔らかく弾いていたはずの内声が、はっきりとした形になっている。雹か何かのように。
「いいの、気にしないで。こっち」



