pp―the piano players―

「何か弾け」
 独り言のような大きさの声で、でもわたしに向けて圭太郎君が言う。

「何かって」
「何でも良い」
 何でも、と言われても、わたしは元々レパートリーが少ない。それに、しばらくピアノを弾いていない。

 圭太郎君はわたしをじっと見て、ふう、と息を吐いた。
「じゃあ、あれが良い」
 リクエストは。
「ショパンのワルツ、十番」

 その曲は弾ける気がする。だって、たくさんたくさん練習したから。圭太郎君も知っている。

「わかった」



 悲しみを持って、足取りの重いワルツ。ショパンはこのワルツを、かつての恋人に贈ったという。半音ずつ下行するメロディは、まだその人を思い続ける心情のよう。薄暗い部屋にいて、思い出が踊るワルツ。

 ふと、違和感を覚える。手を止めて、理解した。
「続けろよ」
 全く同じ音だから、しばらく気付かなかったんだ。一緒に圭太郎君が弾いていたことに。