「良かったわね、また頑張りなさい」
穏やかな微笑みと口調で、そう言い聞かす。
「帰りましょう」
あの人が言うので、えみちゃんは慌てて楽譜をバッグに仕舞う。
「早紀ちゃん、さようなら」
「またね、えみちゃん。お気をつけて」
会釈と笑顔をあの人に向ける。あの人も会釈を返し、わたしたちはすれ違った。
「早紀」
始終を見ていた酒井君が、わたしの頭を撫でた。
膝が震えて来て、酒井君の腕を掴む。涙は堪えたけれど、叫びたいような気持ちだった。
落ち着くのを待って、玄関をノックする。ドアを開けたのは先生で、わたしが何か言う前に先生がわたしを抱きしめた。
「先生?」
先生はわたしの背中をゆっくりさする。泣いている子どもをあやすように、優しく。
「早紀ちゃんと……酒井君、だっけ。いらっしゃい」
応接間のピアノをいじりながら、加瀬さんが言う。このエセックスは加瀬さんが先生に贈ったもので、木目の綺麗なクルミ材や猫脚、全体に施された彫刻など、見た目に美しいピアノだ。
「中身も負けないように」
と、加瀬さんがしょっちゅう手を入れている。
穏やかな微笑みと口調で、そう言い聞かす。
「帰りましょう」
あの人が言うので、えみちゃんは慌てて楽譜をバッグに仕舞う。
「早紀ちゃん、さようなら」
「またね、えみちゃん。お気をつけて」
会釈と笑顔をあの人に向ける。あの人も会釈を返し、わたしたちはすれ違った。
「早紀」
始終を見ていた酒井君が、わたしの頭を撫でた。
膝が震えて来て、酒井君の腕を掴む。涙は堪えたけれど、叫びたいような気持ちだった。
落ち着くのを待って、玄関をノックする。ドアを開けたのは先生で、わたしが何か言う前に先生がわたしを抱きしめた。
「先生?」
先生はわたしの背中をゆっくりさする。泣いている子どもをあやすように、優しく。
「早紀ちゃんと……酒井君、だっけ。いらっしゃい」
応接間のピアノをいじりながら、加瀬さんが言う。このエセックスは加瀬さんが先生に贈ったもので、木目の綺麗なクルミ材や猫脚、全体に施された彫刻など、見た目に美しいピアノだ。
「中身も負けないように」
と、加瀬さんがしょっちゅう手を入れている。



