pp―the piano players―

「リストの曲を聴いた時、はじめ、腕が三本あるのかと思たんだ」
 酒井君ははにかみながら言う。

「『愛の夢』も、ベースとメロディと、伴奏の分散和音がある。役割が三つで、音域も広くて、さ」
 誰もいないステージに残されたピアノを見る。混雑しているロビーに比べ、今日の仕事を終えたピアノはゆったりと構えていた。

「到底、二本の腕で弾けるものじゃないと思ってたんだよ」
 恥ずかしながら。と、付け足す酒井君に、わたしもそう思っていた、と返した。
 そんな、不可能に見えることをやってしまう。リストはその超絶技法から、当時も指が六本あるのかと思われていたそうだ。そして、ついた呼び名が――

「早紀」

 不意に呼ばれて、声のした方を向く。
「圭太郎君」

 圭太郎君は下手側の袖から姿を現し、とん、とステージから飛び降りた。客席にはほとんど人は残っておらず、そのままこちらに向かって来る。