pp―the piano players―

 酒井君の壁を迂回した、圭太郎君の足がわたしの視界に入る。つま先は、こちらを向いている。

「お前……」

 何を言われるんだろう。圭太郎君は今、どんな顔をしているんだろう。
 気になるけれど、顔を上げられない。膝が震える。
 素敵な席を用意してくれたのに、圭太郎君の演奏の直前になって離れてしまった。圭太郎君は、自分の順番を勝手に変えた。わたしのせいで、せっかくの演奏会が台無しになってしまう。
 わたしは、ごめんなさい、と謝るべきなんだ。それはわかっていても、その後圭太郎君がどう思うのか、何を言われるのかが怖くて、何もアクションを起こせない。

 しばらく、誰も何も言わなかった。
 動かない空気は、針のようにわたしの体を刺す。足の震えは手に伝わり、それを隠すように腕を押さえる。

「早紀」
 圭太郎君の声が、その針を砕いた。
 床に膝を付き、圭太郎君はわたしと目の高さを合わせた。わたしは圭太郎君から逃げるように目線を移動させる。

「こっち見ろ」

 この声が、本当にあのアナウンスだったのか。あんなに穏やかな声を、圭太郎君が持っているなんて。
 知らなかった。