「加瀬さん、高校からの友達の、酒井尚子君」
酒井君は小さくお辞儀をする。
「こっちは、加瀬陽介さん。ピアノの調律師で、先生の家のピアノをみてくれる人」
「適当な紹介だな」
加瀬さんは酒井君をしげしげと見ると、思い出したように目を開いた。
「あ、連弾の」
「はい。見に来てくれてたんですか」
「いや、美鈴さんと圭太郎の話を聞いただけだけど」
今度はわたしが目を開く番だった。
「え、先生と圭太郎君、あの文化祭に来てたんですか?」
加瀬さんの目が泳ぐ。
「あー、とりあえず、何から運ぼうか」
酒井君が苦笑いして車を指差す。わたしはポケットに入っている部屋の鍵を、しっかり握りしめた。
***
『まもなく、演奏を再開いたします。まだロビーにおいでのお客様は、ご着席下さい』
アナウンスと共に、酒井君が戻って来た。
「この音大の学生かな、今、うわさ話が聞こえたんだけどさ」
酒井君が耳打ちする。
「吉岡圭太郎、人気者みたいだね」
わたしは酒井君の声に耳を傾けながら、花束を抱えた女性たちに目を向けずにはいられなかった。



