「ここで知ったことを無駄にもしない。目に焼き付けておいて」
「は、はい!」


 この先にある小さな村落を目指した。
 その村はまだ裕福な方で、食材や生活に必要なものを売っていた。人の活気も明るい。
 その店を見て回ることにした。

「何をされているんですか」
「ん、食材を買おうと思って。あ、これニンジン?」
「食材を買うって、何のためですか!? ま、まさか……」

 後ろで護衛の彼が焦ったようにしゃべる。

「そりゃ、食べるもの作るために」

 そして、その言葉を呟いたその時、急に腕を掴まれた。

「合歓様ぁ、お妃が料理を作るなんて、前代未聞なんですけど! しかもこのような場所で!!」
「前例がないならわたしが第一号ね、やった」
「喜ぶことじゃないです!!」

 無理矢理止めようとする彼の手を振りほどき、使えそうなものだけ買うことにした。
 あとは調理をさせてくれる場所を探す。近くの宿でも貸してもらおうかしら。


「合歓様、なんでこういうことを突然されたのです」

 宿への道のり、ふと聞かれた。

「今まで誰かが作ってくれたものを食べてきたけど、苦労も知らずにそんなことできないと思って。自分で育てた野菜で作った料理はおいしいのよ」
「それは買った食材でしょう?」
「まあそうだけど、今、自分が育てた野菜なんてものはないし、代わりに作るだけでも作ろうと思って。その苦労だけでも忘れないように」

 赤くなる空。その空を見ると、小さい頃お母さんと一緒に買い物に行っていたことを思い出す。
 あの頃の自分と同じだ。人の苦労も知らなかったこと、ありがたさよりも当り前だと思っていたこと。