魔法の指先

春は少し目を見開いて私を見た。まさか私が受けるとは思っていなかったのだろう。

『うん、決めたから』
「そうか。左海さんには俺から言っとく」
『ありがと』

スタジオに向かう車内での会話。スタジオに近づくにつれて気が引き締まる。

今日は撮影やらラジオ収録やらで沢山仕事が入っている。たった数枚の為に何十枚もの写真を取ったり、失敗の許されない生収録。気が抜けない。

「着いたぞ」

いつの間にか駐車場に車は止まっていて、春は煙草を口にくわえていた。いつも私の前では絶対と言っていいほど吸わない彼が、珍しい。何かあったのか、と思ってしまう。

私はそんな彼を尻目に車を降りた。まだ9時前だというのに沢山の車が止まっている。スタジオに向かうその途中も世話しなく働く人たちでいっぱい。きっとこの人たちに休まる時はないのだろう。

『おはようございまーす』

メイクルームへ顔を覗かせるとそこは沢山のモデルたちで溢れ返っていた。

「あっ、心亜ちゃん!」
『おはようございます、繭さん』

私の存在にいち早く気付いて、声をかけてくれたのは塚本 繭さん。23歳、既婚者。1児の母でもある。年下の私をいつも気にかけてくれる優しいお姉さん。

「おはよー、今日はよろしくね」
『はい、こちらこそ』

時間がないので私は挨拶も満足にせずに、準備を始める。

今日のこの撮影は10代から20代向けのロック系ファッション雑誌Rookの表紙撮影プラス見開き4ページのピン撮影。

今月はいつもに増して出演ページ数が多い為、気合いを入れておく。鞄の中から栄養剤を取り出し、それを口にする。少しだけ元気になったような気がした。

メイクが終了し、露出の高い衣装に着替えて私はスタジオ入りする。準備は整っているらしく、私はすぐに撮影に取りかかった。



カシャッカシャッとシャッター音が聞こえる中、私はポーズを決める。

「いいよ~、心亜ちゃん。そのままね~」

左海さんのゆっくりとしたその声が私の耳にも聞こえる。


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