パリ・ローマ幻想紀行

伊沙子さんの声に、私は窓の外をふーと見た。今まで遥か下界に見ていたステンドグラスの模様が、突然に浮き上がって、今にも手が届きそうに山肌が迫っている。飛行機の腹が擦られて、ガリガラと音を立てるのではないかと思うほど迫っていた。伊沙子さんは、私の膝の上にどっかりと体重をかけて、窓に顔をくっつけている。
「あれがモンブランよ」
伊沙子さんは興奮気味に叫ぶ。私は、少し長い時間、ビデオカメラを回す。ビデオカメラのレンズを少し水平にする。雲の上に、幾つもの尖った山頂が見える。山の間を雲でぼかした水墨画のようだ。雲を地面にした低い山にも見えるし、雲でぼかされて、その裾を見せない幻想的な想像をも与えてくれる。そして、ビデオカメラのレンズを下の方へ移動させる。くもの切れ目から、そそり立った岩肌が見える。そして更に、そのレンズを自分の方へと引き寄せる。飛行機の移動に伴って、岩肌の深い裂け目が移動して移り変わる。ビルの谷間に挟まれて、次から次へと現れる道路のように、岩肌は垂直であり、谷間は深く暗い。暫くこのレンズの方向をそのままにする。今にも船底をこするように岩礁とその裂け目の上を滑る。ガラス張りの船底を覗いているようだ。深い谷間が見え、その谷間に沿って道路のような筋が見える。あの黄色は何だろう。多分登山家のテントだろう。そして、下界が次第に遠くに離れて、何時ものステンドグラスの模様に変わった。私は、ビデオカメラのオフのスイッチを押す。