(9)ナポリ
ポンペイの駐車場に大きな食堂があって、昼食をとる。食事をしているテーブルに、小太りの背の低い男性が、マンドリンを抱えてやってきて、フニクリフニクラの歌を歌ってくれた。そして、歌い終えたその男は、帽子を脱いで差し出した。私は、この食堂のサービスで歌ってくれたのだと思っていた。彼としては、これが飯の種であった。日本では見かけない情景である。私は、旅のワンカットとして、それをビデオカメラに収めたのである。
昼食を終えて、私達は食堂から出る。相変わらず、ギラギラした太陽が、埃っぽい地面を照らしていた。ポンペイほどに近くはないが、ナポリも、レスビオ火山の裾野に位置している。ポンペイからは、そう遠くはない。バスから眺める景色から、何となく海の匂いがしてきた。そして、バスの中では、聞き慣れたサンタルチアのテープが流れてきた。素晴らしいソプラノである。バスもそのリズムに乗って走る。そのカンツォーネの歌声は、聞く者の心うきうきさせる。伊沙子さんが、その歌声に合わせて、頭を揺らせながら、拍子を取っている。私は、それとなくビデオに収める。誰でも一度は、映画や写真で見覚えのあるナポリである。バスは旧市街であるスパッカ・ナポリが見えるトレド通りへと入ってきた。
「皆さん、右側をご覧下さい。ナポリの古い町並みです。建物も古く、道路も狭いですね。ご覧下さい。向かい合わせの家と家との間に、ロープを張って洗濯物がぶら下がっているのが見えますね」
私は、バスの車窓から直角に次から次へと現れる細い路地をビデオカメラに収めた。狭い路地の両側で、洗濯物の下に乗用車が駐車している。路上駐車が許されるのは、当時自動車がなかった所為であろう。人影は疎らであった。ナポリの生活の一端を覗き見した感じである。
ポンペイの駐車場に大きな食堂があって、昼食をとる。食事をしているテーブルに、小太りの背の低い男性が、マンドリンを抱えてやってきて、フニクリフニクラの歌を歌ってくれた。そして、歌い終えたその男は、帽子を脱いで差し出した。私は、この食堂のサービスで歌ってくれたのだと思っていた。彼としては、これが飯の種であった。日本では見かけない情景である。私は、旅のワンカットとして、それをビデオカメラに収めたのである。
昼食を終えて、私達は食堂から出る。相変わらず、ギラギラした太陽が、埃っぽい地面を照らしていた。ポンペイほどに近くはないが、ナポリも、レスビオ火山の裾野に位置している。ポンペイからは、そう遠くはない。バスから眺める景色から、何となく海の匂いがしてきた。そして、バスの中では、聞き慣れたサンタルチアのテープが流れてきた。素晴らしいソプラノである。バスもそのリズムに乗って走る。そのカンツォーネの歌声は、聞く者の心うきうきさせる。伊沙子さんが、その歌声に合わせて、頭を揺らせながら、拍子を取っている。私は、それとなくビデオに収める。誰でも一度は、映画や写真で見覚えのあるナポリである。バスは旧市街であるスパッカ・ナポリが見えるトレド通りへと入ってきた。
「皆さん、右側をご覧下さい。ナポリの古い町並みです。建物も古く、道路も狭いですね。ご覧下さい。向かい合わせの家と家との間に、ロープを張って洗濯物がぶら下がっているのが見えますね」
私は、バスの車窓から直角に次から次へと現れる細い路地をビデオカメラに収めた。狭い路地の両側で、洗濯物の下に乗用車が駐車している。路上駐車が許されるのは、当時自動車がなかった所為であろう。人影は疎らであった。ナポリの生活の一端を覗き見した感じである。



