両側に並んでいる建物は崩れ落ちて、二千年前の面影はないが、このアバンダンツァ通りは、当時のそのままの景色であるに違いない。ただ、凸凹した石畳の上を走る馬車の音、観光客の服装を省略すれば、このアバンダンツァ通りを歩いている観光客の賑わいと同じ情景であったに違いない。このアバンダンツァ通りは、今でも生きているような気がする。私が踏んでいるこの同じ石を、当時の人も踏んだのだろう。私は石畳にビデオカメラのレンズを向け、そのままレンズの角度を水平にして、真っ直ぐに延びているこのアバンダンツァ通りを撮影した。そして、伊沙子さんが人込みの中を歩いて居るのを撮影した。
このアバンダンツァ通りに面した、アッセリーニの酒場に立ち寄った。ほぼ直角に石でカウンタのように仕切られた所に、幾つかの穴が開けられていた。この穴の中に、ワインや酒が入れられていたそうである。このカウンタの奥に、やはり石でできた棚があり、その棚の上に壺と器らしき物が置かれていた。壁には守護神の祭壇もある。
カウンタの穴にはワインや酒はなく、色あせた守護神の絵が微かに見え、壁やカウンタや棚は、溶岩れきによって焼けただれており、当時の鮮やかな面影を残していない。ただ、棚に置かれた壺と器だけは、当時のこの居酒屋の主人がそこに置いたそのままの位置を保っているに違いない。そこに、当時の息吹を感じるのである。
このアバンダンツァ通りに面した、アッセリーニの酒場に立ち寄った。ほぼ直角に石でカウンタのように仕切られた所に、幾つかの穴が開けられていた。この穴の中に、ワインや酒が入れられていたそうである。このカウンタの奥に、やはり石でできた棚があり、その棚の上に壺と器らしき物が置かれていた。壁には守護神の祭壇もある。
カウンタの穴にはワインや酒はなく、色あせた守護神の絵が微かに見え、壁やカウンタや棚は、溶岩れきによって焼けただれており、当時の鮮やかな面影を残していない。ただ、棚に置かれた壺と器だけは、当時のこの居酒屋の主人がそこに置いたそのままの位置を保っているに違いない。そこに、当時の息吹を感じるのである。



