パリ・ローマ幻想紀行

伊沙子さんは、ひき臼をバックにポーズをとる。私も貴重な一枚を撮ってもらった。
 このパン屋からスタビア通りを少し行ったところに、スタビアーネの浴場がある。中央に柱廊で囲まれた広い体育場があった。
「皆さん、この広場は体育場です。そしてこの広場の回りに、男女別の浴場があります。夫々、冷水浴場、ぬるま湯浴場、温水浴場それに現在と同じサウナがありました。プールもありました。皆さんが居るここは脱衣所です。大理石の長椅子もあります。壁には四角に掘られた穴があります。衣類を置くところです。皆さんご覧ください。このガラスのケースに納められているのは、犠牲者の石膏像です」
 床に敷き詰められた長方形の石の上に当時の足跡が偲ばれ、大理石の長椅子や衣類置き場に、当時の指紋が感じられる。この公衆浴場は、身分の上下なく利用されたのだろう。それにしても、ガランとした石造りの広い空間である。
 このスタビアーネの浴場は、スタビア通りとアバンダンツァ通りの四つ角にある。私たちは、この浴場を後にして、真っ直ぐに延びているアバンダンツァ通りを歩いた。このアバンダンツァ通りは、自然の形をした不規則な石が敷き詰められた広い通りであった。この道路の両側は一段高くなっていて、歩道になっている。この歩道を繋ぐように、歩道と同じ高さに、飛び石風に石が置かれている。今で言う横断歩道である。飛び石の間を、馬車の車輪が通過できるようになっていた。この飛び石の間を通して、敷き詰められた車道の石には、微かにわだちの跡が見える。車道に敷き詰められた不規則な形をした石は、当時の位置そのままになっているに違いない。表面の凹凸も当時のままであろう。太陽がギラギラしているこの車道の熱気、歩道の上の土埃がうっすらと、車道の石を白くしている。