パリ・ローマ幻想紀行

この闘技場の地下室には、猛獣の檻や剣闘士の土牢などがあったそうである。当時はこの地下室の上に板が敷き詰められ、この板の上に血の染み込みをよくするための砂(アレーナ)が敷かれていた。このアレーナの上で、剣闘士たちは猛獣と死闘をし、人間同士も死闘をしたのである。捕虜となった兵士は、奴隷として売られるか、公共事業に使われるか、剣闘士として闘うかのいづれかであった。そして、優勝した者には、賞金と自由が与えられたのである。英雄でも何でもない。自由を勝ち取るには、剣闘士になる以外に道がなかったのである。
 皇帝も、市民権に満ち溢れたローマ市民も、体全身の力を抜いて、酒などを飲みながら、だらりと体を横たえて、猛獣の死には沈黙し、人間の死に大きな歓声を上げながら、アレーナの上を見ている光景が目に浮かぶ。それは、勇者をたたえる歓声ではない。残酷さに酔いしれる、この上ない歓喜なのである。
 当時は、アレーナの下の地下室は見ることはできなかった。遺跡はその地下室までも剥き出しにしている。当時、この地下室は見えなかったはずだ。死を覚悟して、アレーナの上に引き出されるまでの剣闘士は見えなかったはずだ。この観覧席と地下室は、権力者が描いている天国と地獄の構図である。私の頭の中を、あの《最後の審判》がよぎった。皇帝や市民権を持っている者は審判者であり、剣闘士は地獄に落とされた者であり、優勝者は天使のトランペットによって蘇った者である。