パリ・ローマ幻想紀行

「そうなんです、常連客が多いですね」
「固定客があるなんて、いいことよね」
「ところで、何にしますか?鮭が美味しいですよ」
「じゃそれにしようかしら」
伊沙子さんが決定し、恵美さんがそれに同意し、私と従兄弟はそれに従った。
「この鮭は、ソ連から直接輸入してるんです。油がのっていてとても評判なんです。それじゃ鮭丼を作りましょう」
甥はカウンタの中に居る料理人に指図した。甥は少ない時間を惜しむように、私達のテーブルに来て話し込んでいた。この店に来て、私は殆どその一部始終をビデオカメラに収めた。そこえ、若いカップルが入ってきた。私達を見て、にっこりと会釈をしてくれた。
 観光地に行けば、いろいろな国の外国人に出会うのは、それほど珍しくはない。また、観光地では、フランス人と外国人とは確かに親近感はない。肩がぶっつかるほどにすれ違っても、視線は合わさないし会釈もしない。互に人間であることすら意識していないのである。買い物をしたときの店員さんは、客としか意識していない。従って、自分の視覚から消えた瞬間から互に存在感も消える。
 最後の審判で私に椅子を譲ってくれたあの少女もそうであった。オペラ座へ行く途中で路を尋ねたあの人たちもそうであった。甥の行きつけのあの喫茶店に居た人たちもそうであった。凱旋門の屋上で、写真をとってやったあの美人もそうであったように、この若いカップルも、視線を合わせて会釈してくれた。顔形や服装は、視覚から消えた瞬間に消えるが、そのときの情景は残っている。多分、肩がぶっつかるほどにすれ違った人に、路を尋ねたら、視線を合わせて会釈してくれるに違いない。