パリ・ローマ幻想紀行

急いで出口へと向かった。美術館の前の石段に、恵美さんたち二人が、待ちくたびれた様子で、ちょこんと座っている姿が、ガラス越しに見えた。
「随分ゆっくりね」
「上の階を見てきたのよ」
「仁さんでも絵に興味があるんだ!」
「折角来たんだから、全部見ようと思ってさ」
「さぁ、そろそろ出かけようか」
従兄弟は時計を見ながら、急き立てるように言った。四人は、オルセ美術館の前の道路を横切り、セーヌ川のほとりに降りた。そこは丁度水上バスの発着場であったが、人影はなかった。今の私には、観光のために区画された時間の流れはない。パリッ子が散歩している気分である。ただ違うのは、これが有名なセーヌ川かという気分が入り混じっていることである。
 セーヌ川の水を手で掬えるほど間近に見ながら、昼食後の散歩気分でぶらぶらと歩いた。私はビデオカメラを手に、気まぐれに歩いている三人の、前になり後になりして撮影した。暫く歩いて、階段を登り道路に上がる。そして、コンコルド橋を渡った。幸いにして、伊沙子さんはカメラを担当してくれた。コンコルド橋の上で、一枚撮ってくれた。コンコルド広場の人通りは疎らであった。足早に通り過ぎて行くのは多分パリッ子だろう。この広場でマリー・アントワネットの婚礼を祝う花火大会が盛大に行われ、フランス革命では、ルイ十六世やマリー・アントワネット、その他の千三百余命の人が、最新式のギロチンで処刑された。花火大会も、処刑のときもこの広場は人で埋め尽くされたそうである。それにしても、広い広場だと思った。遺跡として残っていないのは、現在もなおパリと一緒に生きている証である。