(ⅴ)ゴーガンとの対話
この機会に、カメラマンとしての一こまを紹介しておきたい。物語には、時の流れと言うものがある。従って、カメラマンとしては時の流れに空白を作ってはいけない。特に忘れてはならないのは、私の場合、録画を再生したときの伊沙子さんの厳しい批評が待っている。そして、被写体を動かすわけにはいかない。カメラマンは、最高のアングルを確保するために、絶えず気を配り、常に動き回らなければならない。
先ず、旅行の雰囲気を出すために、ボーイさんの動き、各国から来た旅行者の賑やかな食事風景を撮影する。そして、伊沙子さんと従兄弟夫婦に向けてレンズを振り、ワンカットに収める。撮影の合間に食事をし、何度となく席を立ち、満喫している伊沙子さんをビデオカメラに収めると言った具合である。
私と伊沙子さんは、昼食を済ませた後に、上階へと急いで行った。印象派の絵の前とは違い、人影は疎らであった。私はゴーガンのレ・ザリスカンの墓地、黄色い積み藁、食事、タヒチの女達、自画像、ブルターニュの農夫達、ヴァイルマティの絵の前をゆっくりと通り過ぎ、白い馬の絵の前に引き付けられた。何と言う静寂だ!イエスのことばから出る静寂、ミケランジェロの彫刻から出ている静寂、そして、ゴーガンの絵から出ているこの静寂が、一点に交わっているではないか。ことば、彫刻、絵が一点に交わって静寂に収斂している。この白い馬の絵の前には、私一人しかいなかった。
この機会に、カメラマンとしての一こまを紹介しておきたい。物語には、時の流れと言うものがある。従って、カメラマンとしては時の流れに空白を作ってはいけない。特に忘れてはならないのは、私の場合、録画を再生したときの伊沙子さんの厳しい批評が待っている。そして、被写体を動かすわけにはいかない。カメラマンは、最高のアングルを確保するために、絶えず気を配り、常に動き回らなければならない。
先ず、旅行の雰囲気を出すために、ボーイさんの動き、各国から来た旅行者の賑やかな食事風景を撮影する。そして、伊沙子さんと従兄弟夫婦に向けてレンズを振り、ワンカットに収める。撮影の合間に食事をし、何度となく席を立ち、満喫している伊沙子さんをビデオカメラに収めると言った具合である。
私と伊沙子さんは、昼食を済ませた後に、上階へと急いで行った。印象派の絵の前とは違い、人影は疎らであった。私はゴーガンのレ・ザリスカンの墓地、黄色い積み藁、食事、タヒチの女達、自画像、ブルターニュの農夫達、ヴァイルマティの絵の前をゆっくりと通り過ぎ、白い馬の絵の前に引き付けられた。何と言う静寂だ!イエスのことばから出る静寂、ミケランジェロの彫刻から出ている静寂、そして、ゴーガンの絵から出ているこの静寂が、一点に交わっているではないか。ことば、彫刻、絵が一点に交わって静寂に収斂している。この白い馬の絵の前には、私一人しかいなかった。



