「小夜、どうか気にしないで。彼女は時々ああやってわざと人を傷つけるんだ」

リサは学生時代から狙っていた島谷圭吾に振られ、それ以来日本人を毛嫌いしていた。
ロイに対しても、圭吾の会社を潰そうとしたリサを父親を使って阻止したことが気に入らず、冷たい態度を取るようになっていた。

小夜はロイを見上げ、悲しそうに笑った。

「ううん・・・。あの人の言うことは大体あたってるわ。私は無宗教だし、愛国心もないし、礼儀もなってない。さすがにアメリカの首都はわかるけど・・・」

そう言ってうつむき、自分のスニーカーを見つめた。
ロイはリサのことを激しく憎んだ。

「ああ、そんな風に言わないで。僕は決してそんな風には思ってない」
「・・・ありがとう」

そう言うと黙り込んでしまった。
ロイはため息をつき、小夜を見つめた。
今、リサの性格について細かく説明したところで何の効果もないだろう。
ロイはひとまず部屋の確保をしようと、小夜の手を引いてカウンターに向かった。

「これはこれはウォルター様。ようこそパリへ」
顔なじみの支配人が対応してくれた。少し顔を強張らせているのは、部屋の確保が難しいからに違いなかった。
「急で悪いんだが、部屋を二つ用意してもらえないか」
「一つでいいわ」

小夜が突然声を上げた。
振り向くと、小夜が真剣な眼差しでロイを見つめていた。

「二つも取る必要ないわ。一つでいい」
「小夜・・・」

ロイは驚いた。小夜の表情はいつになく硬かった。
支配人が訝しんでいるので、ロイは言い争いをするべきではないと思い、結局部屋を一つお願いすることにした。

支配人はなんでもないといった風に装っていたが、内心かなり焦っているようだった。
スイートは取れないかもしれない。
小夜は何か考え込んでいるようで、口をぎゅっと結んで黙っていた。

部屋を一つでいいとはっきりと言った彼女の意図は、金銭的な理由だけではないと感じたのだが・・・。