身体を起こすこともせず、その男がこちらに近づいてくるのをただボンヤリと見つめるしか出来なかった。
気だるいなんてものじゃない、鉛のように重い身体を動かすのは相当な精神力を必要とする。

一度命を絶とうとした私にそんな精神力と体力が残っているわけがなかった。
その事を男も分かっているのか、それとも私みたいな女に負けるわけないと自負しているのか、男は警戒せず無防備に私に近づいてきた。

ベッドまで来ると躊躇うことなく手を伸ばす。
その掌が触れる寸での所で、私は身を縮めた。それは意識したものではなく無意識のうちにした行動で、その自分自身の身体の動きに私は少し驚いた。

本当であれば払いのける筈であった大きな掌は、縮こまる私の頬に優しく触れている。

「熱がある、まだ寝てろ。」

男は冷たい声で言い放つと直ぐに部屋から出て行った。

ベッドの横に小さなテーブルがあり、その上には水差しがあるのに気付く。
その水差しの隣には私の短刀と、紫の石が一つポツンと置かれていた。
短刀から鞘を抜くと輝く刃。そこは一点の曇りもなく綺麗なままだった。

また左手首が疼きだした。

短刀の刃で簡単に避けた皮膚。その刃を見る限り、そんな事に使ったようには見えなかった。

どうして綺麗なままの刃なのか。
誰かがあの赤黒くこびり付いた物を拭ってくれた以外、考えられなかった。