「あらっ、いやだ、繋がっちゃった?」
受話器の向こうから驚いた声がした。
「槙村ですが・・・?」
間違い電話をかけておきながら、あら嫌だもないものだ。槙村は苦笑しながら返答した。
「シンイチなの?」
どうやら間違い電話ではないらしい。両親を早くに亡くし、親戚筋とは日頃から付き合いはなく、槙村には自分を姓でなく名で呼ぶような間柄の女性はいなかった。いや、一人だけいたが、彼女とは別れてしまっていたし、声の感じからして彼女よりも年上のようだ。
「あのぅ、どちら様でしょう?」
「そうよね、判らないわよねぇ、20年だもんね。亜希子です。柳原亜希子。」
槙村は質の悪い悪戯だと思った。しかし、自分の失恋をからかうような、母親の歳ほどのおばさんには、やはり心当たりがなかった。槙村が黙ったままでいると、相手は、構わずにしゃべりはじめた。
「ついさっき、火星調査チームにあなたがいるのを知ったの。びっくりしたわ。それに懐かしくて、正直に言うとちょっぴり泣いちゃった。」
「火星ですかぁ。どうもお間違えのようですよ、では」
電話の主の正体は気になったが、火星の与太話には付き合っていられない。ソファに腰を降ろした途端、また電話が鳴った。まただ、という予感はしたが、一応受話器を取った。
「あったま来ちゃうわねぇ、なんでいきなり切るのよ!少しは懐かしがってくれてもいいんじゃない?なによ!迷惑だったんなら、そう言いなさいよ!」