拓海の頭から、すっと血の気が引いた。


同時に思い切り後ずさり、尻餅をつきかけた。


子供時代の嫌な思い出が蘇る。


あれはまだ拓海が幼稚園に通っていた頃。


好奇心旺盛で、動物好きだった彼が近所の犬に不用意に近寄ったのが運の尽きだった。



「わー、わんちゃん、でかーい……」





――ガブッ。



犬種は忘れた。

犬の名前すら覚えていない。


ただ、いきなり目の前が真っ暗になって、顎と額が痛かったのは、覚えている。


顔面を咬まれたのだ。


血が出た。


そしてその時から、彼は異常に犬が苦手になった。






「……あれ、大丈夫ですかー?」


「来るな……!」


拓海は、首を傾げた小林を怒鳴りつけた。

一方しばちゃんは、びっくりしてきゃんきゃん吠え続けた。

その姿はとても愛らしかったが、拓海にはそれすら「今からお前を咬んでやるんだからな」というように見えてしまうのだった。