「何おっしゃってるんですか。
 雅之はあなたの命を守るため、御所に詰めているっていうのにっ」

毬は声を潜めて言う。
自然、二人の顔は近くなる。

「そうだね。
 私の影武者を今頃必死に守ってくれてると思うよ。
 ありがたいねぇ」

帝は苦いものをはき捨てるようにつぶやいた。

「だったらっ」

毬はこぶしをふるわせる。
こんなところに一人で出歩いて、何かあったらどうするつもりなのだろうか。

「では、姫は?
 お屋敷を抜け出し、居候先も抜け出し、何をしていた?」

帝の言葉に、毬は返す言葉もない。


二人とも、申し分ない身分を持って生まれていながら、それが窮屈で仕方がないと、飢えた猫に憧れている。

他人の行為を戒めるのは簡単だが。
互いに、自分を戒めることはできないでいた。

「いいわ。
 互いに迷い猫ってことで」

毬はあきらめたように呟いた。

日暮れまで、二人。
身分を偽り、仮初のひと時を過ごす。

やせこけた野良猫を従えて。


Fin.