「ほら、彼氏登場」

先輩が冷やかすように、言う。

一通り周りの人と会話を交わし終えたヒコが、くるりと踵を返した。
真っ直ぐに見つめる黒い瞳は、私のぼんやりした視線とかちりと合わさる。

途端。
りぼんでも解くようなふわりとした笑いをその口許に浮かべたのだ。

どきりと心臓が高鳴ったのは、好きだからじゃなくて、多分。
びっくりしたから。

「アヤ、この後、幹部の打ち合わせがあるんだけど、良い?」

「良いよ、別に。
 今月の会費、私のノルマの分は集めたから、あとは宜しくね」

言って、一覧表をヒコに渡す。

私とヒコはサークルの会計を任されているのだ。
どちらか片方がまとめてやるっていうのが効率的なのは分かっているけれど、お互いに相手の仕事を請け負うのが嫌で、そういう面倒なシステムを選んだ。

ヒコはそれにざっと目を通す。

「了解。
 じゃあ、また後で」

軽い言葉に、友情以上の何かを感じ取ることなんて出来なくて。
私も、軽く手をひらりと振り返すことしか出来ない。

一緒に「何」までやれば、この曖昧な一線を飛び越えることができるのかしら。

……私は、飛び越えたいのかしら。
  それとも。
  今のままの関係を、保っていたい?

まだ、何事か言って冷やかしている先輩の言葉を聞き流しながら、私はまとまらない感情にただ、身をゆだねることしか出来なかった。

Fin.