ことばのスケッチ

第N話 自画像
 戦後間もないころの我が家は、それほど貧しくは無かった。食べるものも乏しく、着物もなく、履物もない。これが一般的な生活水準であったからである。ただ贅沢だったのは、大学に行かせてもらえたことである。小柄な母の身体は、ボロボロの着物をまとい、裸足に近い草履を履いて、仕事をしていた。母が時々箪笥の一番小さな引出しをあけるのを見ていた。まだ小さかった私は、母の留守に、踏み台を重ねてその引出しを覗くと、そこには小銭が少しばかり入っていたのを覚えている。そのような母の姿を見て、小さいころを過ごしたのである。
「お金のことは心配することはない。お前は一生懸命勉強すればいいんだ」という母の言葉を今でも覚えている。私は東京に出て、大学に入る。私は、普通の家に下宿をした。部屋は二階に一間増築した四畳半の部屋である。食事は自炊する。米は家から送ってもらうことにして、部屋代、食費、風呂代、交通費を細かに計算し、母に手紙を出した。小遣いは主に食費を削って賄うことにした。仲のよい友達は五人ほどいて、実家から通っている。喫茶店でコーヒーを飲み、映画を見、外食する程度である。スキーや旅行に誘われることもあったが断った。母の姿をいつも背中に感じていたからである。