ことばのスケッチ

そこえ、四五人の客が入ってきた。「いらっしゃいませ」と言って、ママさんは席を離れた。
「大学教授のほうが偉いと言うのは錯覚だね」と彼は言う。
「錯覚で生きるのも悪くないね」
「どうして?」
「大体、錯覚と言うのは、自分の都合のいい方に錯覚するからさ」
「そりゃそうだ。都合の悪い方に錯覚はしないからな」
「好きな彼女がいて、彼女俺に惚れてるんだって錯覚。いいね、こういう生き方、楽しいじゃないかね」
「片思いは?」
「それは錯覚じゃないよ」
「錯覚で生きて居る人は多いね。世の中の大半はそうじゃないかな」
「ところで、科学の進歩と共に、人間も進歩してるって思うかね」と彼は話の糸口を引き出す。
「大方の人は、進歩してるって思ってると思うよ」
「これは大いなる錯覚だね」と彼は言う。
「なるほど」
「解りやすく言えば、オギャ-と生まれたばかりの赤ん坊を、電気も水道もない未開の地で育てたとしたらどうなる?」