「見て 野田さん。日本海が見えて来た。」

弥生が子供みたいにくったくのない笑顔を俺に向けて言う。

「ああ」

俺はそっけなく言うが、内心でははしゃいでいた。

元々は瀬戸内海に浮かぶ小さい島で生まれた俺だから、潮風を感じると懐かしくて血が騒ぐ。

しかし、大切な友人を海で亡くしてからは、一度も故郷に帰ることもなく、潮風に吹かれる事も避けてきた。

俺たちは逃走経路を北へと決めた時、その道順としてまず“日本海”を目指した。

弥生は海のない長野出身だったので

「海が見たい……。」

というささやかな希望ぐらい叶えてやろうと思った。

聞けばあの屋敷で、18年もの間意志を持たずに生きていたらしい。

いや、周りに意志を持たないように見せてその実、息子の“勇くん”を見守っていたらしいのだ。

18年?なんて長い時間なのだ。

でも弥生ならやれるだろう。

予想通り日本海に面するこの港町は、都会の賑やかな喧騒を避けて逃げて来た中年のカップルにぴったりな場所だった。

ここからは海沿いを北へと車を走らせようと思った。