結局その夜は、静流さんの看病をし、脱出できぬまま朝がやってきた。

静流さんは風馬に咬まれた影響で、病気が悪化し熱を出したらしかった。

風馬もシオも、なぜこんなに優しい静流さんにこんな冷たい仕打ちができるんだろう。

そう考えると腹が立って哀しくて、一晩中彼女の手を握り締めていた。

「…神音様?…わたくし…もしかして、神音様にとんでもないご迷惑を…」

目が覚めたらしい静流さんが長い黒髪を掻きあげながら起き上った。

「静流さん。迷惑なんてとんでもないです。いつもお世話になってるんだから、これくらい。お加減はいかがですか?」

言いながら額に触れると熱はすっかり下がったようだった。

「よかった。熱は下がったみたいです。急に倒れたから心配しました」

静流さんは申し訳なさそうに、一礼した。

「ありがとうございます、神音様。本当はわたくしがお世話しなくてはならないのに」

彼女は、そこで何かに思い当ったようにふっと視線を泳がせた。

「静流さん…?」

「…神音様、わたくし…昨夜の兄の言葉でやっと決心がつきました。わたくしの体をイヴ様復活のためにご利用ください」

「…し…静流さん!!」

そして彼女は近くにあった和ダンスからペンと紙を取り出すと、何事かを書きつけわたしに手渡した。

……な……に?

紙にはこう書かれていた。

『兄に聞かれてしまうかもしれないので筆談にいたします。今夜、神音様をここから逃がします。今夜は兄を含めほとんどの吸血鬼が粛清に出かけてしまうので、入り口の封印を解いても見つかる可能性は低いでしょう』

その文面に驚きで目を見開いた。

わたしはすぐさま、『なぜ助けてくれるの?』と書いた紙を渡した。

『神音様にはお心のままに、正直に生きて欲しいからです。わたくしは火月様の怒りに触れ、イヴの欠片で神音様と一つになることができるでしょう。兄の希望であるイヴ様復活を成し遂げるお手伝いもできれば、わたくしは本望です』

――――――――『本望』という文字が、零れた涙で滲んで見えなくなった。