「…沙耶…さん」

呆然とバルコニーを見上げていた沙耶は、青白い顔で振り返った。

「わたしを“鬼”にしてください。……陣野火月」

ぶるぶると体を震わせ、陣野先生に近寄る沙耶。

……まさか……沙耶……あなた……!?

「沙耶さん!!何するつもりなの!?園田先生は、あなたに生きろって言ったのよ!!」

沙耶は陣野先生の前までくると、青いワンピースの右肩を開き、『イヴの欠片』を露わにした。

「神音さん。彼を愛していることを思い出したわたしは、もうそんなに長く生きられないわ。体が吸血鬼であることを拒み、内側からわたしを破壊しようともがくの。今も、こんなにも体が震えている。わたしは……彼を忘れて生きることはできないの。なら、わたしが生きる最後の術は、イヴの体に吸収され、“鬼として生きる”ことだわ」

沙耶を止めたいのに、止められないもどかしさ。

動かない体に力を振り絞り、沙耶に訴える。

「だめよ!たとえ長くなくても、最後まで諦めちゃ、だめ!!」

沙耶は青白い顔を、気高く綻ばせた。

「雪音ちゃんに会わせてくれて、ありがとう。ひどい母親だけど、雪音ちゃんのおかげで、あの子がわたしを、ひょっとしたらいつか許してくれるんじゃないかって、そう思えた。気の遠くなるような長い時間が必要だけど、ね」

沙耶は最後に涙の粒を一粒落とすと、陣野先生に向き直った。

「…いいのか?」

先生の問いかけに、沙耶はコクリと頷き、紅く燃え盛る天を仰いだ。




「この紅い空に、彼と上りたいの」