「沙耶…まさか暗示が解けた…のか?」

レイが呟いた。

陣野先生はわたしを地面に降ろすと、うずくまる沙耶の肩を抱いた。

「あ…麻耶…は、わたしが突き落とした…。薔薇の花束を抱えたあの子を…わたしが……」

ガクガクと体を細かく震わせる沙耶。

薔薇の花束を抱えた麻耶を沙耶が突き落とした……?

「そうか。さっき雪音ちゃんが薔薇の花と一緒に落ちていったのを見て、暗示が解けたんだ!」

レイが傍に気絶し寝ている雪音を抱き上げ、わたしの横に座った。

………暗示が……解けた……!?

沙耶は、ゆっくりと力なく立ちあがると、ふらふらと燃え盛る別荘に向かって歩き出した。

そして、天に向かって叫ぶように、心の底から張り上げる声が夜の闇に響き渡った。

「……よ…しきっ!!!馬鹿!!なんでわたしに暗示なんかかけたのよぉ!!あなたを愛していることだけが、わたしの救いだったのにっ――――――――!!!」

………沙耶……!!

その時、バルコニーで、園田先生がふらりと立ちあがった。

「…芳樹……」

“鬼”が、確かに、笑っていた。

激しく燃え盛る炎を背に、紅く浮かび上がる園田先生の笑顔。

そして、吸血鬼にしか聞こえないだろう囁きで、沙耶に応える。

「愛している。沙耶。……死ぬな」

涙が、鬼の頬を伝う。



――――――その瞬間、“鬼”は、消えた。