穂高は自分のコーヒーカップを指先でコンとはじいて言った。

「命の恩人と言っても、陣野は沙耶に死なれたくなかっただけだろ?『イヴの欠片』を手に入れる前に死なれちゃ困るもんな」

「さぁね。それはどうだかわからんが、陣野はとにかくその後も沙耶の病室に足しげく訪れては彼女に薔薇の花束を贈り続けていた。沙耶は入院した当初はかなりおかしくなって荒れていたらしい。だけど、陣野が薔薇を置いて行った日だけは、ピタリと静かになったそうだ」

薔薇の花束と聞いて、思い出した。

わたしが病院で陣野先生を見かけた時も、沙耶の病室に薔薇の花束を置いていったことを。

「ますます、わからないね。陣野が何を考えているか。泉水の時も、手出ししてこなかったし、今回も余裕ってやつか?」

穂高が頬杖をつきながら、眉根を寄せる。

「余裕っていうのは、確かにそうかもね。オレ、日本の吸血鬼の一族の古い本で、嫌なもん見つけちゃったんだけどさ。吸血鬼ってのは世代交代しながら進化し続けてきたわけだけど、その進化はまだまだ緩やかなものだ。だけど、深紅の瞳を持つ吸血鬼はいろんな刺激に触れることによって―――つまりオレのようなヴァンパイアや、穂高のような混血に触れることによって、急激に進化することができる。それこそまさに『鬼』のようなスピードで進化するんだ、とさ」

…………『鬼』。

背筋が凍りそうに粟立った。

鬼は、その強大な力ゆえに、足元のコマが廻り、踊り狂うさまを眺める。

……陣野先生、あなたは…いったいどこへ行こうとしているのですか?