雪音を奪われた女性は、狂ったように髪の毛を掻きあげると、その場にしゃがみこんだ。

「神音、彼女を病院まで送り届けてくる。そこのバス亭の屋根の下で待っていなさい。私の車で家まで送ろう」

先生はそう言いながら近くのバス亭の屋根の下のベンチに雪音をそっと寝かせると、戻ってきて沙耶の腕を引き、彼女を立ちあがらせた。

その時、わたしは初めて彼女の顔を真正面から見た。

もっと大人のように見えたその女性の顔は、思っていたより幼く、繊細で、20代前半のように見えた。

先生は彼女の肩を抱きながら、子供のように肩を震わせて歩く女性をかばうように病院へと歩いていく。

「………先生……」

バス亭で眠る雪音をじっと見下ろした。

雨に濡れて、少し白い顔で眠る雪音の頬を温めるように手を被せた。

「ごめん…お姉ちゃん、手冷たいや……」

眠ったまま何も答えない雪音の手を握り締め、呟いた。

「……っ……雪音…ごめん…ごめんねっ…!」

一人にして……ごめんね。

わたしはこちらに向かってくるタクシーを呼びとめた。

雪音を乗せ、自宅の住所を告げる。

雨の当たらない、少し暖かい場所に来てほっとした。

雪音の手を握り締めながら、タクシーの後部座席から後ろを振り返る。

……先生と沙耶の姿が、病院の手前に小さく、見えた。

………先生、ごめんなさい。

これ以上、先生と一緒にいるのが………怖いの。