√番外編作品集

「い、いつもだったらこういうヒールの靴は履かないよ!」

千恵は6cmほどのヒールのある、小さなリボンのついた靴を履いていた。

「なんでそんなの履いてるの」

「それは……ほら、せっかくの、映画だし……」

「映画は座って見るだろ」

気合い入れるならマイ座布団とかじゃあないの? とでも言いたげな潤の視線に千恵は「とりあえず、これでいいの」と話を強制的に終わらせた。

「ねぇ、五条坂のカフェとかだったら、予約とかもしやすいよね」

「河田がバイトしてるとこにするか? あそこでもちょっと高いよな」

「五条坂マルコの斜め向かいに、トマトの看板あったの知ってる? 小レンガ小径抜けたところ」

「あぁ、前敦子と店の前に置いてあった看板見て、うまそうとか言ってたな」

「イタリアンだよね。イタリアンならみんな食べれるし、値段もそんなに高くなかった気がするよ」

千恵はケータイを出すと店の名前をクーポンサイトから探し始める。

「山岡、片手」

「え?」

「ケータイポチポチしながら歩いて、転けても知らないぞ」

潤は右手を差し出してきて、千恵は急いでその手を取った。


ずっと繋いでいられるなら、永遠に検索し続けたい──


「前にそれやって敦子が、すごい勢いで転けたからな」

さっきから潤は何度「敦子」という名前を出しているか、自覚はあるんだろうか。

千恵は別に言及する気はない。

自分のために同性の──仲のいい敦子の名前を出して話を繋ごうとしてくれているのは分かっていたからだった。

でも、それでもやっぱり「敦子」がどれだけ潤にとって自然な存在なのかを示されている気がして、ちょっとだけ切なかった。

でもこうして手を繋いでいられるだけで十分だ。