北畠一族の悲惨な最期は被官人丸山半蔵によってすでに承禎のもとへ知らされていた。しかし、御台屋敷に住む松姫の安否だけが誰にもつかめないでいた。
「妹はどうした」
 与志摩の顔を見るなり承禎は問う。与志摩は心から詫びた。
「…私めがいたらぬばかりに…、松姫をお守りすること叶いませなんだ…」
「そなたの責任ではない。一族のすべてが信長の粛清に遭ったのじゃ。松姫だけがどうして一人、生き延びることなどできようか…」
「…慎に申し訳ござりませぬ」
 深々と平伏した与志摩は、やおら上半身を起こし、思い出したように袱紗(ふくさ)を開いて静かに中の品々を取り出した。
「松姫様のご位牌とお形見の品々にござります」
 位牌には銀文字で『建門院満池宝蓮大姉』と刻まれている。逆修を行った松姫が生前に残した位牌であった。
 形見の品々が入っている螺鈿の箱を開くと、一番上に刀自の歌があった。尊鎮法親王の筆跡も鮮やかに、

 かわのへの ゆついわむらに くさむさず つねにもがもな とこをとめにて

と記されている。
裏には土佐光茂の描く涼やかな十市皇女の絵札が添えられていて松姫の血潮が紅く着いていた。
 承禎は形見の品々をじっと見入った。すると、絵の中の十市の姿が松姫と重なった。
 承禎の口から嗚咽が迸(ほとばし)る。
「…この歌に支えられて…松は生きてきたのじゃ……。この歌留多は姫を偲ぶ縁(よすが)として、…そなたに授けよう。…どうか姫の菩提を弔ってやって欲しい……」
 慟哭に、やがて声は押し潰された。