「ね、二人だけになりたくない?」

 俺はぎょっとして里香の顔を見る。彼女はわずかにうつむいて、照れくさそうにつぶやく。全然可愛くない。ニューハーフにでも告白されたほうがまだマシだ。

「あたしたち、もう子どもじゃないんだよ?」

 顔はそうかもしれないが、俺の息子はまだ子どもだ。だが、ここはかっこつける必要がある。

「…たしかにもう、子どもじゃないよな」

「え?」

 里香の言葉で、モヤモヤしていた気持ちに踏ん切りがついた。正確には“なにかがプツンと切れてしまった”といったほうが適切だった。

 自慢のコートとお気に入りのリュックを掴んで立ち上がる。

「康平?」

「悪ぃ、俺用事がある」

 ノリノリだった一同が“ぽかん”と俺を見る。歌の抜けたリズムだけが激しく続き、少しマヌケだった。

「ちょ、ちょっとどこに行くんだよ?」

 伸一の言葉で、俺は数歩行きかけて、慌てて戻る。床に転がっていた卒業証書の筒を拾い上げる。

「お前みたいなカスに言えるか」

 にやり、と笑ってそのまま逃げ去った。